クラシカルホメオパシーとは
卒業直前のクライアントさん 20代 女性
この文章を読んでいらっしゃる方はこれからせはたさんのセッションを受けようかと考えていらっしゃる方かと思います。私にとって、せはたさんに出会ったこと、ホメオパシーに出会えたことは人生の贈り物です。とても貴重で稀有な経験が出来たことに感謝しております。なので私の文はあまり客観性がないと思います。申し訳ありません。今から書いてあることは、一意見として読んでくださいませ。宜しくお願い申し上げます。
ここから3つの項目に分けて書きます。1.ホメオパシーについて、2.せはたさんのセッションについて、3.ホメオパシーを通じて私自身が考えること、です。

1.ホメオパシーについて
ホメオパシーを受ける以前の私は、とても生き辛かったです。なにもかもに敏感に反応してしまい、健康を損なっていました。状況を改善するために、試行錯誤していた過程の中で、せはたさんとホメオパシーに出会いました。
実際何をやっていくのかというと、基本は毎日レメディーの採取と自分の観察。15日経過したらせはたさんへレポート。私はだいたい二ヶ月から三ヶ月に一回の間隔でセッションを行っていました。
私の健康の状態は、ホメオパシーを体験していく中で少しずつ改善し、やれることが増えていきました。例えば、人ごみの中が平気になった。一日眠れば、身体は回復する等です。このほかにも数え切れないほどの変化があります。小さな変化ですが、私にとっては大きな変化でした。この体験を通じ、ホメオパシーは、健康になっていく上で有効なアプローチのひとつである、ということを私は学びました。
せはたさんのホメオパシーの治療の姿勢として、受ける側が主体的である、という印象を受けました。せはたさんは時々とても大切なことを教えてくれますが、基本的にあれこれ言いません。
治療の過程を誰かに預けることなく、導いていただきましたが、基本的に私は最初から最後までホメオパシーの治療を「主体」として関わることが出来ました。これは私にとってとても大きな自信となりました。具体的な事例でいいますと、せはたさんに定期的にレポートを送らなくてはいけなかったので、私は自分の感じたこと、体感、調子、気分などをとにかくメモしました。書き続けていくことによって、自分の苦手とすること、心地よいと思ったこと、思考のパターン等多くの情報を得ることが出来ました。また書くという行為を通じ、自分と症状との間に余裕が生まれましたし、症状がひどいときには「せはたさんに報告しなくては」という思いから、目をそらすことなく、どこがどのように具合が悪いのかを積極的に感じようと試みるようになりました。
ホメオパシーを通じて、私は自分自身の現状認識をしていきました。自分が今どのような状態かを認識せずに、改善できることは少ないように思います。私は記録を付けること、レメディーという起爆剤を以って変化を促し、その上で改善が起きていったように思います。

2.せはたさんのセッションについて
せはたさんのセッションは、現状認識の再確認と方向性の決定をしていく作業となっていきます。日常の中で自分に対して気付いたことが、せはたさんとのセッションに繋がっていきます。
せはたさんはホメオパスとしてかなり細かく質問を投げかけてきます。普段は見過ごしてしまっている部分について質問されるので、深く考える、身体を使って答えを導き出さないといけませんでした。また質問に答えていくうちに、自分の中で「こうなのだ!」と激しく主張していたはずのことの筋が通らなくなり、ここでやっと初めて自分の思考の中の矛盾に気付き、本当は必要の無かった思考、思いグセだったのだと気付くことになっていきました。
また、私が毎回苦戦したと共に、自分自身の現状を考えることになった質問があります。「もし、あなたが今完全に治った、自由だとして、どんな気持ちがしますか、何をしていますか、どんなことがしたいですか?体感覚でもいいです。教えてください」
簡単なようで、答えることが本当に難しかったです。自分がどんなに今の状況が辛いか、ということは答えることが出来ても、この質問は簡単に答えられませんでした。
想像してみていただきたいのですが、塔の中にいてそこの小さい窓から外を眺めてみるイメージです。見る範囲は限られ、わからないことが多いと思います。「調子の悪い私」というアイデンティティが自分自身と同化している間はそのような感じでした。常に"調子の悪い私"としての枠から見た「出来たらいいこと」ばかりが行動基準になっていました。それでは現実は変わっていかないであろう、ということを認識させられる経験となり、この質問を機に、時々でしたが私は"自由になった私"と"まだ調子の悪い私"の狭間を想像でもいいから行き来するようになりました。

3.ホメオパシーを通じて私自身が考えること
ホメオパシーを受ける前と後を表現するとしたら、私は「独楽が高速で回っているか、回っていないか」と答えます。
独楽がゆっくり回っているときは軸が安定しません。
高速で回っているとき、軸が安定します。
ホメオパシーを体験していく中で「これは自分じゃないものをはじくことになるな」と感じました。語弊が出てしまうかもしれないので、丁寧に書いていこうと思いますが、これは自分にとって不都合な事実はやってこなくなる、はじいてしまう、あるいは他者をはじくということを言っているのではありません。ホメオパシーは自分に都合のいい現実を創る道具ではないです。むしろ変革を促すものだと思います。
「自分じゃないものをはじく」というのは、自分に対して正直になるということです。生き物としての自分が浮き彫りになる感じでした。
最近のことですが、怒涛の毎日を過ごし、くじけそうだったのですが、身体は壊れませんでした。以前は身体が先にSOSを出してしまい問題に向き合うことも出来ず泣き寝入り、あるいは逃げ出していたことを思い出しました。問題があった時、最後までやりきるということをやっと出来るようになってきたのか、と感謝でした。
私はホメオパシーを通じ、身体の健康を知り、そして精神の健康さを学びました。こういった安定した土壌の上で、起きる問題に対し、そこから何を学ぶのか、そしてそれをどう生かすのかが大事だと思います。
独楽がゆっくり回っているときは、安定しません。倒れそうです。以前の私はこのような状態でした。何を信じてよいのかわからず、不安で仕方ありませんでした。その後ホメオパシーを始め、レメディーが一つの指針として私を導いてくれました。
独楽が高速で回転しているとき。それは、私が私の身体を動かし、私のひとつひとつの細胞が生き、私自身が私自身のエネルギーを循環できるようになったときです。軸は安定し、はっきり物事を見ることが出来るようになりました。自分に正直に生きています。そして、なにより好きなところへ行けます。自分が届きたいと思った世界へ届くようになりました。体調も熱が出たり、お腹壊したり、そういうときもありますが、全部がビビットで元気です。幅が広いです。独楽、ひとりでも楽しいです。でも、同じようにおもしろおかしく一生懸命生きている仲間達にも出会えるようになりました。自分自身の生を生ききるとき、見えてくる世界が変わっていきます。
私は今、楽しくて仕方ありません。毎日が起爆剤のようで、毎日変わる瞬間を、展開を見ていくことが楽しくてなりません。見果てぬ世界を、私が望む夢を毎日垣間見ながら、挑戦している日々です。

せはたさんは、一見淡々としていますし、とても冷静な方に見えます。(実際冷静なのでしょうが!)私も最初そのような印象を受けました。しかし、中にあるハートは大変熱いです。毎日移動して行動して、おもしろいことが大好きな革命家です。
せはたさんは、要所要所とっても大切なポイントで存在する人ですが、同行二人的な感じでいてくれるわけではありません。(ごめん、せはたさん!気持ち的にはすごく同行二人でしたけれど!)
誰かに治してもらった、というのも良い経験かもしれませんが、ホメオパシーは共に歩いたという感じであって、結局のところは自分の足で歩いて、健康になっていったという印象が強いです。こんな稀有な経験が出来た事とても嬉しく、また楽しく感じました。
せはたさんとホメオパシー、こんな経験がしてみたい方、オススメ致します。
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卒業直後のクライアントさん 40代 女性
それまでの私は、なにかにつけて怯えたり不安になったりする傾向があり、自分の可能性をもっと引き出したいにもかかわらず、思うように動きのとれぬ状態でした。
㔟簱さんとのセッションを通して、せまくこり固まっていた思い込みや考え方に囚われている自分に気付けるようになり、柔軟に変化し対応することができるようになりました。
新しい自分に出会う度、いろいろの問題の解決の仕方が掴めようになる度に、「私には変わっていける力が備わっていたんだ」と自信が芽生え、それが次への成長へ向う励みになり、そうして肯定的な変化の流れにつながっていきました。
受け身のまま、誰かに何かになんとかしてもらう、という姿勢では絶対に得られない、内側から確実に育てていける対処の術を、期間中、圧縮されたかのような密度で学びました。
より自分らしく、ありのままに在ろうとする動きは、卒業してからも持続しています。
一切の甘えを排したところで、常に誠心誠意、最善を尽くして下さる㔟簱さんであったからこそ、自分を託して、ここまで手応えのある体験を積むことができました。本当に感謝しています。
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卒業して数年経ったクライアントさん 30代 女性
せはたさんのクラシカルホメオパシーのセッションをうけて

たったひとつのレメディーを選ぶために、毎回膨大な時間を使い、集中し、探求するせはたさんの姿に敬服しつつ、おもわず話してしまう質問のうまさや、お話の楽しさに、セッション中いつもリラックスしてお会いしていました。
あんなに自分のことを話すことは、もうないのではないかと思うくらいです。
せはたさんのお人柄と、探求する真摯な姿勢がきっとそうさせてくれたのだと思います。

セッションを受ける前とくらべると、気にしていたいろんな事が、どんどん気にならなくなっていきました。
自分の話す内容が、常にある一点に向かっていることもわかっていったように思います。
私の場合は、なにか劇的なことがあったというよりは、ゆっくりとぽたぽた雫が地面にしみこんでいくように、気がついたら楽になっていたという感じです。
毎回楽しくて、冒険の旅をしているようでした。

きっと人の数だけセッションの種類があり、たとえ同じレメディーだったとしても、そのプロセスは人それぞれ、旅もそれぞれなのだと思います。
ドアを空けた瞬間から、わかりやすかった私のようなケースもあれば、ひとつひとつ薄皮をやさしくむいていくと本質のみえる人もいるのでしょう。

生きている自分はそこにいるだけで、なんらかの性質を表現しつづけているそうです。
そして、人の数だけその光がある。そのことは世界を見る角度をちょっと変えてくれました。
せはたさんの目からみた世界はどんなふうに映っているんだろうと、とても興味深いです。
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